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緩繰返す

僕、ADHDかも。 →  僕、ADHDなんだ。

僕と速度。

思記

「速度」が大きく求められるようになった時代になった。そういう気がする。

 

テクノロジーが何かを可能にすることは、人々を興奮させるロマンだったし、彼らの次なるロマン、希望という欲求となっていったことも言うまでもない。際限がないのだ。

 

自動車が出来たのもつかの間、鉄道や電車、新幹線、そしてリニアと人々は速度を求めていった。空が飛べるようになった後も同様である。

 

僕は、速度が上がればその分ゆっくりとお茶をしたり、音楽を聴いたり、趣味に時間を割いたり出来ると思っていた。しかし、人間は今もなお、より早く遠くへ行くことを選択し続けている。いつからか「手段」と「目的」をはき違えてしまった。

 

 

「テクノロジーの進歩が僕たちの生活にどのような豊かさを与えてくれたというのか?」

 

この議論を今するつもりはないが、要するに世の中の潮流は速いということだ。

そして僕にとってその潮流の速度はあまりに速すぎた。

 

僕は臆病だった。生来のアガリ症に加えて実際の失敗からくるトラウマや常に失敗に怯えることで生じる慢性的なストレスもあって、大学3年からの就活は散々、更には単位不足による2度の留年など、散々な時期を過ごしてきた。

 

当然「このままでは」と思う。しかし、速度が緩まるわけではないという現実には足がすくむばかりで、気づけば無為に大学生活を過ごしてしまった。今後、もうこんなに自由で創造的な恵まれた時間は今後やってこないだろうと落胆したものだ。

 

ただ、無為に過ごす日々でも「きっかけ」が全く無いわけではないと気づいた。家に引き籠って何もしない、外に出ないならばきっかけなど掴めないだろうが、他人とコミュニケーションをとる機会や、ネットで情報収集をすることで見えてくるものが幾らかあった。

 

また、かつて読んできた本の知識や文言を想起させる出来事にも出会った。

これもまた、他者とのコミュニケーションの場においてあったことだった。

 

「なるほど、あの本で著者が言いたかったこと・感覚はこれなのか。」と納得・実感(これがメチャクチャ重要だと思う)する機会に恵まれたということだ。

 

ひとつ引用しておきたい言葉がある。

 

 

「オレは『納得』したいだけだ!『納得』は全てに優先するぜッ!!でないとオレは『前』へ進めねぇッ!『どこへ』も!『未来』への道も!探す事は出来ねえッ!!」

(『ジョジョの奇妙な冒険SBR 第8巻 ジャイロ・ツェペリ の言葉)

 

 

個人的な感想だが、とても情熱的であり、人間の生きる力を感じる言葉だ。(ゆえに赤)

 

 

この言葉に出会った時に直感的に「ああ、俺もコレだわ」と思った。自分が臆病なのは決断に自信がないからであり、自信がないのはプロセスひとつひとつに確信を持てないまま、最終的な判断を下すとき、僕は言うまでもなくその回答に誰よりも、まず自分が100%納得していないからであると気づいたわけだ。

 

ただ、世の中の判断すべてが100%納得のゆくものであるべきとは思わない。それはきっと傲慢である。そうならない場合が往々にしてあることも認める必要がある。

(なぜなら、自分と他者によって社会が成り立っているから)

 

だとしても、僕はこの言葉の力を信じてみたいと思った。自分が納得できるよう行為してみよう、と思ったのだった。

 

「緩繰返す」というのは、察しやすいだろうが「緩く、繰り返す」ということだ。

世の中の潮流に反して(?)僕の流れるスピード、行動するスピードというのは著しく緩い、つまり遅い。これは否定できない事実なのだが、遅い代わりに自分のできる範囲で「流れてゆく」ことはできる。決して「流される」ことはないのだ。

 

緩く流れてインプットの下流へ到達したら少し考える。果たして「納得」しているか。

納得していないなら、少し時間をおいてまたインプット流域を「流れる」。

 

少し間を開けておくことがミソだと思う。その間に日常で「なるほど!」と思う場面が訪れることもよくあるのだ。

今まで読んできた無数の小説も学術書も、自分の中で本来の意味も分からぬまま眠っていたことと思う。そうしたものに繰り返し「再会」し、更なる深い理解を目指したい。

 

 

 

…というわけで、自分なりに学びたいと思ったことに関してのつぶやきのようなブログとなります。それから、趣味のことなど。趣味から学ぶ哲学というか、他人の人生観というのも奥深さがあって面白い気がしています。

 

内容が内容なので、思考する時間が必要である以上なるべく毎日、最低でも2日に1回~というような頻度では更新が難しそうです。なので気が向いたら書きます。とはいってもよほどのことがなければ週1くらいで何かしらの気づきを書くことになると思います。

 

早速、稚拙で長々とした文章で恐縮でしたが、最初はこんなもので。