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緩繰返す

僕は、僕らしい生を許されるだろうか?

君の「 」は燃えているか。

桜が綺麗だなあという言い方で前回の記事を書き終え、今はほぼ葉桜に変わっています。

 

四月前半は何だかんだと辛いことがあり心身ともに疲れきっていたような気がします。自分のことを家族に理解してもらえない辛さというのは本当に大きいのです。

 

 

しかし、悪いことばかりだった中で少し希望が見えてきました。というのも、通院しているクリニックの先生の紹介で、若者を支援する県の相談窓口で話を聞いて頂けることになったのです。

 

クリニックの先生には本当にお世話になっているのですが、とても人気なクリニックゆえに一度の診察でお話出来る時間はとても短く、本質的なところまでうまく踏み込んで話すことが難しいところでした。

 

そこで、ある程度時間をかけてカウンセリングを行ったり、あるいはサポートをしてくれる団体などを紹介してくれる県の相談窓口を紹介して頂いたというわけです。これがとても救いになったように思います。

 

1体1で丁寧にいろんな角度から話をさせていただきながら、今の自分の状況や、今後乗り越えていくべき課題などについての考えがだんだんとクリアーになっていくのを感じ、手応えのようなものを感じました。

 

今後乗り越えていくべきなのは、家族にADHDのことを理解してもらうことがまず一つですが、これはとてもデリケートな問題だと思います…。

 

両親からしてみたら、息子がADHDだというのがショッキングで、世間体的に良く思えないことで、そもそもADHDだとかLDだとかそういうよく分からない病気だと言われてもどう反応すればいいかわからないetc..... という状態なのだと思います。

 

母親は診察に付き添ってきてくれましたし、父親は今までの小言やらのことに関して「すまん」と一言謝ってくれたりしたのですが、結局ADHDというものをまだ理解出来ていない状態です。

なので、今月頭のように、両親の発言によって僕の心が沈んでしまうことが今後再び起こるかもしれない、というか十分にありえるのだと思います。怖いです。

 

 

そこで家族にはADHDのことを理解してもらうことが、これから家族が(というか、僕が家族と)本当の意味で仲良くなるために避けては通れない課題になるというわけです。

 

しかし、先に述べたように「息子がADHDである」という事実。これは非常にショッキングなこと。なので、デリケートな問題になるのだと思います。

うまく丁寧に、両親にADHDのことを伝えて理解を求めていくためにたくさんの人にこれから協力をお願いして行くことになるのかなという具合ですね。

 

 

それと話は変わりますが、自分が精神的に立ち直るために色々試したことがあったんですけど、その中で今でも続いてて効果もあるなと感じたのは「ゼロ秒思考」です。

 

 これは、かなーーりざっくり言うと、A4の紙に自分の思ったことを1分以内に書きなぐるといったもの(実際はもっと奥深いのですが…笑)で、自分の頭の中でごちゃごちゃぐるぐるとしている考えごとや悩み、やり場のない気持ちなどをありのまま書きなぐることでだんだんと整理されてゆきます。

 

最終的には「僕はこんなことを考えてたんだ」「実はこういう気持ちで、だから怒ってて、悔しくて、泣いてたんだ」なんて言うふうにすごく腑に落ちるっていうか。とにかく納得ができます。

 

これがADHDの自分にとってなんの役に立ったかというと、多分ぐるぐると悪い方へ考える負のスパイラルを止めること、そしてやるべきことを先延ばしにしがちというADHDの持つ性格に尻を叩くようにして追い込むというか。そうして行動まで一気に自分を促していくことが出来ているような気がします。

 

メモを書きなぐりまくると、ストレス耐性の低さから衝動的に拗ねてしまった親の小言に対しても

 

「親はなんであんなこと言うんだ、嫌な気持ちになるとか考えないのか?」

「でも、もしかしたらADHDがストレス耐性弱いってちゃんと分かってないんじゃないか」

「僕は勉強してADHDのこと多少知ってるけど、勉強しようと思わない限り普通の人がADHDについて知る機会なんてないよな…」

「そう考えたら、親にとっては本当にただの小言でも、実際は僕の心を深く傷つけてしまうだなんて考えにたどり着くわけないもんな。それは仕方ないよ。」

「というか、僕が今こういう状態なのを支えるために仕事をしてて、むこうもストレスが溜まっちゃって心に余裕がなくてこういうこと言っちゃうのかもな」

「じゃあ、自分のためにも家族のためにも、家族全員でなんとか心の余裕を作れるように動いていかないといけない。どうしたらいいかな。たとえば....」

 

 

ちょっと長くなりましたけど、例えばこんなふうに、最初は親からの言葉で拗ねてメンタルボロボロなところからスタートしているんですが、様々な質問のフィルターを通しながら少しずつ納得してゆき、最終的には親を含めて家族のことを心配するまでになっています。

 

これがゼロ秒思考の著者の方の思うような使い方や効果なのかはちょっと分かりません。しかし、メモをとることで実際に精神的に落ち着いて物事を見つめられるようにはなったと思います。

 

なので、ADHDのワーキングメモリーの対策としてのメモをとることはもちろん一般的なのですが、衝動性からくる行動や感情の激しい起伏を上手く抑えようと思った時にこの思考整理術はとても使えるんじゃないかなと思いました。

 

もし、ADHDで感情の起伏が様々なトラブルにつながっていて苦しんでいる、悩んでいる方がいたら試しにやってみてほしいな〜なんて思います。

 

本では一つのメモを1分以内に書き上げる、とあるんですが、ある程度言葉が浮かぶようになってきたら少し時間を増やしてあげたり、終わっても書きたいことがあればあと1行分までは追加で書き加えてもいいというふうにすると、頭の中で考えてること、そういう言葉を上手くしっかりと引き出せると思います。

 

なんとなく、1分以内に書けなかったものは、書いちゃダメ!!みたいに思っちゃうんですけど、1分以内に書くっていう話の目的は恐らく「脳を追い込め!」というところにあるんだと思います。

 

なので、書きたい(書ける)と思ったら、それは時間に関わらずキリのいいところまで書いてみてほしいと思います。そして、意外と最後に付け加えたその行のメモがかなり大事だったりすることもよくあります。笑

 

 

という感じで、四月前半はしんどかったんですが、相談窓口とゼロ秒思考にかなり救われ、今はわりと心は上向きになってきています。

 

いつもこうでいたいと思うんですが難しい。でも、今は相談できる人や考えるための力もあるということで、しんどくなってきたらたくさん頼って乗り越えたいと思います。

 

 

春だけどかなり暑い今年の春を自分のやる気や情熱に重ねられるようにやっていきたいです。

溺るる流れに身を任せずに。

しばらくどっぷりと心と体が沈み込んでいました…。

 

散々今の生活に愚痴る形で前は書いたのですが、あれからある程度時間をおいて、モソモソとまたいろんなことをやっています。

 

ただ怠惰にしているだけというのはよほど得意でないと究極的に難しいです。

 

アニメを見て、好きな声優のニコ生やラジオを視聴し、昔途中でやめたプレステのゲームをクリアしたり、夜中にチャリンコでコンビニを無意味にハシゴしたり、自分の感覚の思うがままに動き続けました。

 

相変わらず友達には会えないし、好きなバンドのライブにはなかなか行けませんが、心の暗い部分はすこーーーーーしずつ薄まっていきました。なのでまだしんどいですがなんかやろ!と思ってADHDのことを自分なりに調べ始めました。

 

 

地元の市の図書館のホームページから蔵書検索などをしてみたところ、ADHDに関する本がいくつかあったので、他に興味のあるトピックの本も併せて借りて読むことを半月ほど繰り返してみました。

 

ADHDのことを知るにつれて、僕はより一層「ああやっぱ俺はADHDだわ」と思ったし、一番驚いたのは「こういうこともあるのか?!そりゃ、ADHDは辛いわ...」ということも調べるうちにいくつか分かったことです。

 

 

ADHDは不注意性や衝動性に関する諸症状を持つ障害なわけで辛い点というのは、具体的には「時間管理が下手」「衝動買いがやめられない」「物忘れが多い」などの例が一般的には知られているようです。

 

しかし、個人的にこれは辛いし今までの経験からして納得だわ!というものもありました。それは「ストレス耐性が非常に弱い」ということです。

これはADHDの脳機能障害が関係しているということらしいですが、このためにトラウマ的な内容に対する抵抗力がとても弱くなってしまっているのだそうです。

 

 

考えてみれば、「ものごとを継続するのが難しい」であったり「衝動的に行動する」といったことはストレス耐性の低さとかなり関係があるんじゃないかと思うんです。

ものごとを継続するのが難しいのは、ずっと同じことに集中するのに疲れて耐えられなくなるとかじれったくなってしまうことだったり、衝動的な行動というのもストレス耐性の低さから、嫌なことから逃げたいがために衝動的に逃げる(もしくは現実逃避する)ような行動をとってしまうんだと思うとエラく納得がいくなと感じます。

 

 

ふと思い出しましたが、大学の頃、講義は90分間でしたけど興味のある講義はよほど夜更かしやオール明けでもしてなければ絶対にずっと起きてたし、楽しく受講していたものです。逆に単位の関係上取らざるを得ず興味のない授業はほぼ確実に寝てしまっていたか、うわのそら、起きていても何か別のことをしていたように思います。

 

 

ストレス耐性が低いのであれば、僕たちADHD持ちというのはある意味常にストレスにさらされているようなものなのかもしれません。

なぜかというと、日常に潜む些細なストレスが僕たちにとっては忌避すべきもので、そうしたストレスとの遭遇を避けることに神経をとがらせている必要があるからです。

 

耐性が低ければ、実際にストレスを受けてしまった際のダメージは大きく、通常時でさえ生きづらさを感じている精神状態にさらに大打撃を与えることになります。そうなれば、とても健やかな生活を送るのは非常に困難になるのではないでしょうか。

 

本当のところはどうなのかは知りませんが、僕たちが日々悩まされている諸症状というのは、ストレス耐性の低い自身の精神状態を健康に保ち、ある程度のストレスをやり過ごすために発生している側面があったりするのでは?と勝手に思ったりしています。

 

実際に、普通の人間だってどうでもいいことや嫌なことは忘れる、もしくは考えないように自然とそういう「処理(?)」みたいなことをするわけじゃないですか。だったらADHDのストレス耐性だって一緒だよなーとか、そういうことを思ったりしました。

 

 

さて、ADHDをいろいろ勉強してみて自分のことがざっくりとわかってきたような気がします。そして何か困った場合に「どうやって自分を導いていけばいいか?対処すればいいか?」というよくあるケースについてまとめられた本なども見つけたりしたので、今後はADHDライフハック的なことを思うままに勉強してみようと思っています。

 

 

前の記事をシコシコと綴っていた時に比べて「やれることがあるな」と思えているあたりだいぶ上向いてきたように思えます。希望も何もないとかいうニヒルな気分(今も半分はそうですが)でしたけど、何か道筋がシュッと見えた時は安心するというか、まだやりようがあるんだと分かればまだあきらめずに済みます。

 

 

まだ相変わらず不便で、娯楽ないし仲間もいない実家の町でモゾモゾとしてはいますが、今は少し未来のことを考えてみたいと思えている自分が少し素敵だと思えます。

 

 

この町でも桜が咲き始めました。ああ、桜ってこんなにきれいだったんですね。

 

 

 

 

 

晴れでも雨でもかわらない。

日々の暮らしを楽しむことが出来れば、それが新たなエネルギーになってその後の生活を作っていくことになると思うんですが、今の僕にはそういう楽しめることがなくて気持ちが沈む一方です。

 

関西で暮らしていた大学時代、音楽が好きということもありライブハウスに通ったり楽器屋で好きなギターを試奏させてもらったり、たくさん音楽に触れる機会や場所がありました。

 

それに大学の友達がいて、どこかで遊んだりお酒を飲んで色んなことを語らいあったりすることも出来ました。

 

 しかし、地元での暮らしが始まるとそういった交遊も全くなくなりました。たまに関西の友達からラインが来て少し電話したりするくらいです。

 

 

つらい。僕には今心の支えになるもの、心の糧というものがほぼありません。かろうじて持って帰ってきたギターを弾いたり、今期楽しみにしているアニメを観たりして凌いでいるという状態にあります。

 

 

やらなければいけないこと、やりたいこと、沢山あるんです。

 

 

しかし、何かをやろう!というバイタリティが今の僕には不足しているのです。

 

僕の世界は今、自宅のベッドの上とスマホを通じて見えるネットの世界が全てです。

 

 

こんなことでは、頭が狂ってしまいそうです。

 

なんとか、なんとか、楽しみを見つけなければならないと思います。生きる歓びを探しに行かなければいけないと思います。

 

 

そうしないと、僕は明日に耐えられません。

四の五の言いながら生きてるんやで。

相変わらず低空飛行を続けています。

 

毎日をどう過ごしてみるか、まだ考え実践してみる余地はありそうだと思うので色々やってみようと思います。

 

ただ、やはりこのまま地元にいて心の栄養になる刺激はないと改めて思います。どこかへ自分で出ていかないとダメっぽい。

 

 

僕はやはり音楽が好きなので、そういうものをやっている場所、ライブハウスやコンサートホールなどに行って、好きなアーティストを観て、素直に感動したいと思うわけです。

 

 

地元にもそういうライブハウスは街の方にありますから、そこへ行けば何か楽しいことがきっとあると思うし、頑張れるんじゃないかなって思うんですね。

 

 

思う、思うばかりでまだまだ確証はないんですが、思いつく限りではそれくらいしかないかなと。笑

 

ライブを観て元気をもらう、ライブを観るその為にバイトを頑張る、バイトを頑張れば貯金も少しずつでもできる。

 

結局、動機づけだとか、意味づけをしていくことでまずは動いていけるのかなって思います。

 

とりあえず、何かきっかけになるようなライブやら、うまく働いていけそうなバイトなどが有れば、と思います…。

もうすぐ春が来るけど

「何も面白くねえなあー」

「楽しいことが何もねえ」

「何をするにも退屈でうんざりしている」

 

 

最近考えていること、大体はこんな感じです。

 

 

先日、バイトが難しすぎると言っていましたが無事にやめることが出来ました。正直にADHDのことを打ち明けたら優しく対応していただけたので、元バイト先の方々には本当に申し訳ないと思いつつ、とても感謝しています。

 

新たに稼ぐ方法を見つけなければいけなくて、様々なアルバイト情報サイト(タウンワークとか、ああいうやつ)を片っ端から見ていましたが、どうにも食指が動かないというか。どうしても選り好みしてしまいます。

 

関西にいた頃はバイトなんてたくさん種類があったし、レアなバイト(電車の掃除とか)もあって観てて「どれにしよ〜」なんてニタニタしてたもんですけど、ハッキリ言っちゃうと地元はクソ田舎で、楽しそうなアルバイトは特に求人が全く無くて落胆している状況。

 

まあ、そりゃ人もそんなには多くない街だしそんな需要がないってのも分かるんだけど、若者にとってあまりにも退屈すぎる土地なんですよね。辛うじてゲーセンがいくつかあって、でも少しUFOキャッチャーやって、レースゲームやって、飽きてしまって、何をするわけでもなくぼーっとして…

 

田舎を自然豊かだということは出来ますが、自分としては退屈すぎるから嫌で出ていった所もあるので、やはり帰ってきてもそれが変わることはありません。

 

 

娯楽や刺激がないので、段々と冒頭のような思考が頻繁に湧いてくるようになりました。

 

やらなきゃいけない事が沢山あるのはもちろんそうなんです。事実なんです。だけど、それをやる間何か楽しいことが少しでもないと僕はどうにかなってしまいそうです。

 

だからネットサーフィンに逃げたりもするんですが、なんだろう、ネットサーフィンをしてても面白いことには限りがあるし、面白いことであっても飽きたりはするし、心の拠り所って「常にここにある!」って感じではないのかなぁって思います。

 

やっぱり、関西に帰って友達と一緒に楽しく仲良く暮らしていたい気持ちがあります。

 

その為に頑張らなきゃいけないんですけど、なんていうか、帰ってきて1月くらい経つんですけど、不器用だしなかなか成果も出せないし、そろそろ1度ふてくされそうです。

 

 

僕はやはりポンコツだなあ、と思わされますね。なんでこんなに上手くいかないんだろうな。

ポンコツな僕は情けなくて、ごめんなさい。

ご無沙汰しています。

 

ストラテラの量を80mgに増やしてから、暫くまた更新していませんでしたが、少し大変だったのでちょっと書いてみようと思います。

 

本格的な治療も始まり、頑張っていこうと思いアルバイトを始めることにしました。

 

以前は清掃のバイトをやっていました。大学生から上は勤続20年のベテランバイトのおじさんなどもおられて和気藹々とした雰囲気で働けていました。

 

地元でもそういうバイトがあれば良いのですが、なかなか上手く見つけられずにいました。

そんな中で、かつての通塾経験から家庭教師をしてみようと思い応募。そして勤務先の家庭が決まるまではその会社がやっている個別指導塾でも働くことになりました。稼ぎたかったんですよね。

ただ、「稼げるからいいか」という軽い気持ちで受けたことでとても後悔することになりました。

 

教育業界は人手不足が叫ばれているようで、この塾も生徒数に対して講師の人数が追いついていないようでした。

僕は担当可能な教科を予め申し出ていましたが、先日の初出勤ではその担当外の教科の指導を任されてしまいました。しかも、初出勤の当日に。

 

予習できていたならまだしも、授業システム的にそれは難しいことでした。また、1対2の指導で2人を並行して指導しつつ、場合によっては左の生徒と右の生徒で違う教科を指導することになり、更には生徒の指導記録をかなり精細に書き込む必要もあります。

 

ハッキリ言って、今の僕に出来るわけがありませんでした。

 

安易に引き受けた僕にも考えの甘さがあったし、情けなくもある話なんです。

しかしながら、指導できない教科を指導させられたり、あとは当日になって追加で一コマ余分に授業させられたりすることになったり、今の塾には不満と言うか自分には合わないことが多すぎるように感じてしまいました。

 

なので自分の為にも、塾の他の講師や教室長に自分の発達障害で大きな迷惑をかけない為にも、個別指導の方は辞めるつもりです。

 

発達課題に対しての、逃げではないか??

 

と思う部分もあります。しかしながら、今の自分にとってはあまりに高い壁となっていて、ストラテラを服用して頭がよく働く状態なのにも関わらず発狂して頭が真っ白になってしまうほどのタスク。これをどう足掻いても今後続けていけるとは思えませんでした。

 

ストラテラを服用してからの自分はとてもイキイキしていたというか、なかなか出来なかったことが出来るようになって、これからの人生を巻き返していくんだ!同期に少しでも追いつくんだ!というやる気でいっぱいでした。

 

しかし、今回久しぶりに何も出来ない自分の感覚を味わったことで、心が一気に折れかかりました。

 

情けないです、申し訳ないです。

ですが、僕が健やかでいるためには、また逃げるしかないのかなと思いました。

 

 

久々の更新がこんな暗い内容になってしまい、申し訳ないです。

 

少しでもまた上向いていくように、頑張ってみようと思います。

セカンドステージ。ストラテラ増量しました。

先日、薬を飲み始めてから初めて診察を受けてきました。

 

現在はストラテラを1日1回朝食時に40mgでしたが、今後は同じタイミングで80mgとなりました。

 

以前にも書いたと思いますが、40mgは試験的な量との事なので、実際に治療として用いる場合には80〜120mgを処方されることになります。実際にそうなったという感じですね。

 

それと、頭を鍛えると言いますか、マルチタスクを上手くこなしていくには実際に訓練していく必要があるともお医者さんから説明されましたので、何かいい訓練の方法があれば探してやってみようと思います。

 

 

1つ気になったのは、ストラテラの値段。

前までの40mg×14でも2000円程しましたが今回は倍になり40mg×28(1日2カプセル×2週間)で、4000円ちょっと。

 

幸いにも僕は実家で親の庇護を受けることが出来ていて、薬代は何とかなるのですが、それでも流石にチト高いなと…。

 

自立支援制度などて薬の負担が1割程度になるとかいう記事をADHD関係のサイトでは見たことがあったので、今後有用そうであれば申請するのも手かなと思っています。

 

てか、バイトしなきゃ。笑 家庭教師でもやることにします。

 

そんなこんなで量が治療域になり、やっと本格的な治療に入りました。これからどうなって行くのかはまだ分かりませんが、本当に望む方向へ進んでいけるように、なにごとも少しずつやっていこうと思います。